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Profile 3 // Nursing

2020-04-27

 

プロフィール全容
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初めての転職活動

 

病院を変えることに決めたものの、初めての転職だったので、どうしたら良いのかわかりませんでした。

まだスマホの時代ではなかったので、インターネット検索が身近なものではなく、自分なりに考えながら進めていきました。

結果、もう一度新卒のように資料請求と見学説明会へ行くことにしました。

 

今は、たくさんの転職サイト・転職サポート会社がありますよね。

そういうものを活用した方が自分の希望が叶いやすく、お祝い金(入職決定時○円もらえるとか)があったりしますので、これから転職する人はそういうものをフル活用した方が良いこともあります。

 

私は自分の手と足で情報収集をし、とある病院に決めました。

 

メインとなった条件は

 ・ICUがあるが、大学病院規模ではない

 ・三次救急ではなく二次救急

 ・対応通勤しやすい

ということでした。

 

その条件に合った場所へ就職志願をし、面接や筆記試験を受け、無事に入職が決まりました。

案外あっさりと受かるものだな、なんて感じたりもしていました。

本心では、「大学病院で経験があるんだから、絶対大丈夫でしょ」という気持ちもありました。

まぁ、ナメてましたね(笑)

生意気だったと思います。

 

総合病院 / 再びICUへ

 

二つ目の病院は、大学病院と比べると設備や考え方とかいろいろと古いところが多く、最初はその“違い”を受け入れることなど“違い”に慣れるまでの全てが大変でしたが、とても良い仲間に恵まれ、ここからは割とのびのびと看護師ライフを送りました。

大学病院では担わなかったプリセプターナースやリーダーナース、師長代理業務を任されたり、委員会の活動や新人教育に携わったり。

様々な役割を与えられる中で新たなステップを歩むことができました。

大学病院よりも二つ目の病院の方が長く勤められ、人間的にも看護師としても、大きく成長できたと思っています。

最初は生意気だった私を見捨てずに育ててくれた先輩ナースに感謝です。

 

トータルで10年間看護師をしてきた中で、看護師という仕事の大変さや責任の重さを痛感するとともに、楽しさもわかりました。

大学病院と地域の病院の違いはとても大きく、戸惑うこともありましたが、この二つの病院での経験で、自分としては大きく考え方を変えられたのではないかと思っています。

 

仕事の楽しさと自分の変化

 

二つ目の病院で勤めてから、ずっと、楽しく看護師ライフを送っていたんです。

仕事の後のプライベートも充実していたと思います。

 

平日の休みの時にセールへ行ったり(人が少ないのでゆっくり見れるんです)

合コンで「看護師です」って言うと注目されたし(笑)

 

特に、平日休みはシフト制である看護師の特権です。

銀行や役所関連の手続きも、すぐにできます。

 

仕事に余裕が出れば、プライベートがどんどん楽しくなりました。

職場の方でも、“住めば都”じゃないですが、慣れれば居心地が良くなるものです。

こんな風に良いことが積み重なっていきました。

 

年数を重ねると後輩が増え、教えることの楽しさを知る。

自分自身のできることが増えれば、楽しみややりがいが倍増する。

いる期間が長くなれば、看護師同士だけでなく、医師など多職種とも信頼関係を築くこともできる。

自分の仕事が認められ評価が上がる。

 

長く続けるほど、良い点は増えていくのかもしれません。

でも、同じように悪い点も見えてきてしまいました。

 

先輩なのにできない人を見ると、イライラしてしまう。

長くなるほど気ごころが知れ、ダラけてしまうことがある。

雑務は後輩に任せてしまう時も。

気分のムラが表出されてしまう。

なんとなく、人に対する考え方がキツくなっている気がする。

心が狭くなっている感じがする。

 

こんな風に、自分のマイナスな感情、性格のマイナスな傾向に気が付き始めたんです。

「なんか、こんな自分てイヤだな。。。」

こんな風に感じることが出てきたんです。

 

一生は続けられない

 

そして身体の方でも、

休日の後も、身体の疲れが抜けきっていない感じがする。

以前は仕事が終わった後にジムやヨガなどを楽しんでいたが、もう疲れてそのような生活ができなくなった。

家事がやっつけ仕事になってしまっている。

掃除まで手が回らず、家の中にホコリがフヨフヨ…

休みの日は体を休めたいので、あまり動きたくない。

というような、何とも言えない、メリハリの無いダラけた感じの生活になってしまったんです。

 

「仕事中はやりがいを感じられるけど、プライベートがイマイチだなぁ…」と感じてしまったり。

 

そして、決定的だったのが、、、

「生理不順と卵巣機能の低下」が認められたこと。

 

やはり、仕事が心身へ大きく影響しているのかもしれない、と考えるようになりました。

 

看護師の仕事は好きでした。

最初はキツくてすぐに辞めようと思いましたが、続けてみたら、自分の天職とさえ感じました。

急性期看護の楽しさ、やりがいを大きく感じられ、後輩の育成にも力を入れていました。

 

でも、自分の不調に気が付いたときに、あらためて、立ち止まって考えてみたんです。

「仕事は楽しいけど、身を削りながら一生続けていくの?続けられるの??」

 

看護師として仕事をしてきたときは、その日一日をどう乗り越えるのかで精一杯でした。

先のことまで考えられず、いっぱいいっぱいの日々でした。

なので、あまり立ち止まって自分自身を見つめたことがありませんでした。

 

でも、気が付いてしまったんです。

「子どもが生まれた後、この仕事はできないな…」

「子どもがお腹にいるときでさえ、仕事は難しそうだな…」

「そもそも、子どもを産めるカラダ作りができるのかな…」

「歳をとって、40代50代に、この仕事はキツそうだな…」

「師長とか、役職を目指しているわけではないし、この先ココに長く居る意味があるのかな…」

 

一度考え始めると、頭の中をぐるぐる駆け巡ります。

でも、仕事をしているときは、考える暇もなく。。。そんな日々を繰り返していきました。

 

退職を決意

 

ちょうど自分の進退を考え始めた時期に、仲の良かった看護師も辞めることを考えていたんです。

私はその人と一緒に仕事をすることが好きでした。

 

その理由は、以下のように思えたからです。

・お互いの考えが手に取るようにわかる

・その人がいれば、何が起きても(患者さんの急変とか)乗り越えられる

・何より、仕事において、とても信頼できる

 

とても良い仲間だったんです。

でも、その人が辞めることになり、自分の仕事上の大きな楽しみが少なくなってしまったんです。

そして私も、ちゃんと考えました。

 

・心身ともに限界まで来ているのかもしれない

・このまま病院に残っても、次は管理職を勧められてしまう

・特にこれ以上ココでやりたいことも無い(やりきった感じがある)

・一度転職したとき、看護師として仕事をする最後の病院にすると決めていた

・転職するなら30前半までかもしれない

 

私は退職し、新たな道へ進むことを決めました。

 

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maki

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★看護師から産業保健師へ転職 // 企業所属保健師 // 産業保健や産業保健師、産業保健師への転職情報を発信中。産業保健師への転職を検討されている方を中心に、少しでもお役に立てると嬉しいです。

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