こんにちは。保健師カナです。

こちらのページでは、私のプロフィールについて、学生時代から現在に至るまでの過程をお話ししています。

看護師を目指して夢を叶え、そして産業保健師という第二の夢を叶えた

看護師を目指した学生時代

中学3年生の時に将来の夢を看護師に設定

中学生の時に、将来は看護師になりたいと思い、目指して頑張っていこうと決めました。

入院の経験は無く、あまり病気にもかからなかったので看護師さんとのふれ合いがきっかけでなりたいと思ったわけでは無く、気が付いた時には「病院」という場所に憧れを持ち始めていました。

中学校の職場体験訪問では、漠然と病院に行きたいと思っていたのですが、特に職業は決めていなかったので、看護師ではなく理学療法士の方へ体験訪問しました。

そして中学校3年生になり、どの高校へ行こうかを考えた際、同時に、その先にどのような職業に就きたいのかを考えました。

そこで出た答えが「看護師

看護師になりたいというよりも、看護師になるための勉強がしたいと思ったんです。

看護師になるために身につける知識は、きっとこの先、自分や家族に何かが会った時の助けになる

そう考えたんです。

そんな曖昧な感じの理由でしたが、看護師を目指すことになりました。

そして、その時の同級生も看護師を目指していることを知りました。その子はとても頭が良い子だったので、中学生だった私は看護師になるための方法などを特に調べることもせず、

頭の良い子が目指す職業だから、レベルの高い学校に行かないといけない

看護師になるためには大学に行かなければならない

と勝手に思い込んでいたのです。実際には専門学校や短期大学など、看護師になるための方法・学校は大学だけではありません(笑)

その思い込みにより、看護師になるための大学へ進学できるよう、近くの高校の中でも大学進学率の高い高校を選ぶことにしました。

しかし当時の私の学力は、並。平均的な学力でした。そのため、ハイレベルの高校に行くには学力が足りなかったんです。

私は中学校3年生で部活を引退してから塾に通うようになり、その塾の先生はひたすら私を応援してくれました。

「大丈夫、行きたい高校に行けるはずだから、このまま頑張ろう!」と。

しかし中学校の担任の先生は大反対!

「成績が足りないので、ランクを落とした方が良い」と何度も説得されました。

頑固な私はその度に「志望校は変えません!」と言い切っていました。

結局、第一志望の公立高校は自分の学力と比べるとハイレベルでしたが、確実に受かる私立高校を併願することで、担任の先生は私の希望通りにしても良いと許してくれました。

そして高校入試があり、奇跡的に志望校に合格。高校へ進んでも看護師の夢は変わりませんでした。

高校へ進学し看護医療系のクラスへ

さすがの進学校で、高校2年生から文系理系に分かれるようになるということで、高校1年生の頃からそのアナウンスがあり、早めに将来のことを考えるようにと言われていました。

やはり、なかなか将来のことを決めている人は少なかったように思います。

むしろ中学生の時に将来の夢を決めている人の方が稀ですね(笑)

私の方向性は決まっていたので、ひとまず理系へ。と言っても、看護師として必要になる当時の教科は、

 英語  

 数学IIbまで  

 生物

ハイレベルな国公立大学を目指さない限りは物理やハイレベルな数学は必要ありませんでした。

また、国語を利用して受験できる専門学校もありましたが、基本的には大学志望だったので、理系へ進みました。

高校側もそこらへんは把握できており、単純に文理で分けるのでは無く、理科系だけでも

 化学中心のクラス

 物理中心のクラス

 生物中心のクラス

というように選択の幅を広げてくれていたので、自分に必要な教科をうまく選択できるようにクラス分けがされていました。

そんなこんなで高校3年生の時には看護師や薬剤師を目指す人が多く集まる医療系クラスに入っていました。

大学へ進学する際には付属病院の有無を優先条件にした

昔から、常に先のことを考えていたのかもしれません。

大学を選ぶ時にも就職の時のことを考え、付属の大学病院があるとこへ進学しました。

 附属の病院がある方が病院実習がしやすいだろう

 就職先に困らないだろう

そんな考えがあったんです。

実際には、病院実習は付属病院だけではなく、他の病院へ行くこともありました。

しかし付属病院での実習が大半を占めていましたので、その際は実習後にすぐに学校へ戻って記録をまとめたり、図書館で調べ物をすることができたので、付属の病院があると実習や学習にとても便利だなと感じていました。

また、大学を選ぶ際、取得できる資格についても参考にしました。

当時、4年生大学を卒業するとともに、看護師の国家試験受験資格と保健師の国家試験受験資格を得られるようになっていました。そして、大学の中には助産師コースを設けている学校もあり、(全員ではありませんが)助産師の国家試験受験資格が得られる大学もありました。

当時の私は看護師になることしか考えていませんでしたので、取れる資格にはそこまでのこだわりは無く、一応保健師も取得できれば良いか、程度でした。

今思えば、助産師コースがある学校へ行けば、また何か違った考え方ができたのかなとも思います。

可能であればいろいろな資格を取得しておくと、先の選択肢が広がってとても良いです。その分勉強は大変ですが、私は保健師を取得しておいて心から良かったと思っています。看護師だけの資格だったら、今の自分はありませんでした。

看護学科は普通の大学生よりもちょっと大変

4年生の大学での生活は、他の一般的な学科と比べると、忙しいし大変な学生生活だったと思います。

1・2年生の頃はそこまででもないですが、やはり後半は怒涛の日々。実習が始まり、2〜3週間ごとに領域を回って1年間続けていく…そして看護研究の日々へ。と思ったら国試も待ち受けている。なんだか目まぐるしい日々でした。

でも、大学なので、夏休みや冬休み、春休みといったお休み期間は他の大学生と同じです。それはとてもメリットですね。

私は4年間ずっとアルバイトをしていました。しかも複数を掛け持ちして。ただし後半は実習で大変でしたので、家庭教師だけに絞っていましたが。とりあえず、アルバイトは辞める人が多かったですが、続けようと思えばできるものです。良い気分転換にもなったので、私は続けて良かったと思っています。

大学の授業は自分で好きなものを選べる、と思っている人が多いと思います。実際、一般学科はそうです。しかし、看護学科は全くの別物です。選ぶも何も、全て決まっています。自由度はほぼ無いです。

選択科目を入れることもできましたが、そうすると負担が増えるのでやめました。必須科目だけでいっぱいいっぱいの予定表が出来上がります。予定を組み間違えて単位を取り損なうなんてことは、おそらく起こりえません。テストが悪くて単位を落とすことはあるかもしれませんが(苦笑)

大学は4年間ありますが、短大や専門学校は3年間なので、それと比べるとおそらく余裕があります。短大や専門卒の友人に聞くと、本当に大変だったと言っていました。

とりあえず、前半はきちんと授業を受けてテストを乗り切る。後半は実習をいかに乗り越えるか。最後は卒業研究と国試のダブルパンチを吹っ飛ばす勢いで走り切る。これがポイントです。

看護師人生のはじまり

三次救急の大学病院へ入職

付属病院がある大学にしたものの、実は、就職先は迷いに迷いました。他の病院の資料もたくさん取り寄せましたし、見学説明会へも足を運びました。

しかし、看護師の経験がまだ無い私には、何をどのように比較したら良いのかもわからず、病院の違いがあまり見えなかったんです。お給料は少し違えども、そこまでの差はなくて。

そのため、当初より考えていた付属病院への就職を決意したのです。面接と小論文の試験を受け、無事に内定をいただきました。

そして、行きたい科の希望調査がありました。

私は漠然と看護師になりたくてココまで来ましたが、そもそも「看護師として働く」というよりも「看護師になるための知識が欲しい」という理由の方が大きかったので、どのような看護師になりたいかや志望の科といったものは考えていませんでした。

しかし、希望調査票は出さなければならなかったので、自分なりに考えました。

成人看護学実習で行った科は、耳鼻咽喉科と消化器外科。

そのうち消化器外科はとても雰囲気が良く、指導者看護師もとても良い方でしたので、選ぶならその科が良いかなと思ったのですが、何やら消化器外科は人気の様子。希望を出しても通らないのでは無いかという思いがありました。

そして色々と考えた結果、様々な疾患に触れ、様々な医療機器を扱う知識や技術を豊富に身につけることができる「集中治療室」を希望することにしました。

同じように「救命救急(ER)」を選択することも可能でした。ドクターヘリを備える病院でしたので、経験を積むことでドクターヘリナースになることもできます。しかし私はそこまでの希望はありませんでしたので、ICU(集中治療室)を第一志望に挙げました。

新卒でICUナースになるのは大変!

付属病院のICU(集中治療室)に勤めることになりました。ICUで仕事をするためには、ものすごく多くの知識が必要になります。

なぜなら、全ての科の患者さんがいる上、生命の危機にさらされているような重症の患者さんが多く入院している場所だからです。

病院によっては、新卒ではICUに入れないところもあります。しかし大学病院だったためか、教育体制が整っており、新卒でも受け入れることができたのでしょう。

しかしながら、入れても、その後が大変!とにかく課題が多く出され、日々勉強。仕事中は先輩からの目が厳しく、いつも怒られていました。

でも、その全ては患者さんのため。私たち新人をいじめるためではなく、患者さんの入院生活や治療のサポートを安全に適切に行うことができるようになるための知識や技術を叩き込むためなのです。

まぁ、新人の頃はそんなことわからないので、ただただ先輩は怖くて、辛くて辛くてたまらない日々でしたが(笑)

私は高校の頃の友人とよく会っていましたが、会うたびにお互い「もう辞めたい 」と言い合っていました。友人は看護師ではありませんでしたが、なかなかの厳しい環境にいるようで。新人として仕事を始めてから4ヶ月目になる7月、早くも私は本気で辞めたいと思いました。

しかし周りの全員に止められ、家族からも「3年間は頑張りなさい」と説得されて、もうしばらく頑張ることに。そんな想いを抱えつつ1年目が終わりました。

そして1年間頑張ることができると、なんだかもう1年頑張れそうな気持ちになり、2年目も無事に終えました。

同様に、「2年できれば3年目もいけそう」と、そんな単純な感じで3年目までは進めていけました。環境に慣れると、どうにかなるものですね。

後輩も毎年増え、少しずつ雰囲気が変わったり居心地も変わるようになりましたが、自分の中では3年が目処かなと思うようになりました。

周りの先輩や同僚を見ていて感じたことがありました。

 ・長くいるほど他に移れなくなる 

 ・気が強いキャラになっていっている気がする… 

「看護師には気が強い人が多い」ということを聞いたことはありませんか?私は実際にそうだと感じています。どちらかというと、そういう人の方が多い傾向にあると思うんです。そして、ICUナースにはそれが本当に当てはまっていました。

そのため、自分も同じようになるのがイヤだと思ったんです。もしかしたら既に同じようになってるかもしれない、と怖くもなりました。

そして、その職場では「自分が目指したいと思う先輩像が見つからなかった」というのも大きかったんです。逆に、「こういう先輩になりたくないな」と思ってしまったんです。

同期で入った子たちも、結構キャラが濃かったので、ついていけないことも多かったです。

でも、看護師という仕事は嫌いではなく、少しずつ仕事の面白さがわかってきたところだったので、もう少し小規模なICUで、自分のスキルをゆっくりと伸ばしながら、のびのびと仕事ができる場所へ行きたいと思いました。

このような理由で、3年目を終えたところで、転職することに決めました。

初めての転職活動

病院を変えることに決めたものの、初めての転職だったので、どうしたら良いのかわかりませんでした。

まだスマホの時代ではなかったので、インターネット検索が身近なものではなく、自分なりに考えながら進めていきました。

結果、もう一度新卒のように資料請求と見学説明会へ行くことに。今は、たくさんの転職サイト・転職サポート会社がありますよね。そういうものを活用した方が自分の希望が叶いやすく、お祝い金(入職決定時円もらえるとか)があったりしますので、これから転職する人はそういうものをフル活用した方が良いです。

私は自分の手と足で情報収集をし、とある病院に決めました。

メインとなった条件は

 ・ICUがあるが、大学病院規模ではない

 ・三次救急ではなく二次救急

 ・対応通勤しやすい

ということでした。

その条件に合った場所へ就職志願をし、面接や筆記試験を受け、無事に入職が決まりました。

案外あっさりと受かるものだな、なんて感じたりもしていました。

本心では、「大学病院で経験があるんだから、絶対大丈夫でしょ」という気持ちもありました。ナメてましたね(笑)

ふたつ目の病院で仕事を開始

二つ目の病院は大学病院と比べると、設備や考え方とかいろいろと古いところが多く、最初はその“違い”を受け入れることなど“違い”に慣れるまでの全てが大変でしたが、とても良い仲間に恵まれ、ここからは割とのびのびと看護師ライフを送りました。

大学病院よりも二つ目の病院の方が長く勤められ、人間的にも看護師としても、大きく成長できたと思っています。私を見捨てずに育ててくれた先輩ナースに感謝です。

トータルで10年間看護師をしてきた中で、看護師という仕事の大変さや責任の重さを痛感するとともに、楽しさもわかりました。大学病院と地域の病院の違いはとても大きく、戸惑うこともありましたが、この二つの病院での経験で、自分としては大きく考え方を変えられたのではないかと思っています。この経験も、いつかブログで書いていきたいと思っています。

次第に疲労が蓄積して身体が悲鳴をあげ…マイナス面が大きくなった

二つ目の病院で勤めてから、ずっと、割と楽しく看護師ライフを送っていたんです。仕事の後のプライベートも充実していたと思います。

・平日の休みの時にセールへ行ったり(人が少ないのでゆっくり見れるんです)

・合コンで「看護師です」って言うと注目されたし(笑)

特に、平日休みはシフト制である看護師の特権ですね。銀行や役所関連の手続きも、余裕で出来ちゃいます。

仕事に余裕が出れば、プライベートがどんどん楽しくなりました。

職場の方でも、“住めば都”じゃないですが、慣れれば居心地が良くなるものです。

こんな風に良いことが積み重なっていきました。

・年数を重ねると後輩が増え、教えることの楽しさを知る

・自分自身のできることが増えれば、楽しみややりがいが倍増する

・いる期間が長くなれば、看護師同士だけでなく、医師など多職種とも信頼関係を築くこともできる

・自分の仕事が認められれば評価が上がる

…え?良いことばかりじゃないかって??

そうですね。長く続けるほど、良い点は増えていくのかもしれません。でも、同じように悪い点も見えてきてしまいました。

・先輩なのにできない人を見ると、イライラしてしまう

・長くなるほど気ごころが知れ、ダラけてしまう

・雑務は後輩に任せてしまう時も

・気分のムラが表出されてしまう

・なんとなく、人に対する考え方がキツくなっている気がする

・心が狭くなっている感じがする

こんな風に、自分のマイナスな感情、性格のマイナスな傾向に気が付き始めたんです。

「なんか、こんな自分てイヤだな。。。」こんな風に感じることが出てきたんです。

そして身体の方でも、

・休日の後も、身体の疲れが抜けきっていない感じがする

・以前は仕事が終わった後にジムやヨガなどを楽しんでいたが、もう疲れてそのような生活ができなくなった

・家事がやっつけ仕事になってしまっている

・掃除まで手が回らず、家の中にホコリがフヨフヨ…

・休みの日は体を休めたいので、あまり動きたくない

というような、何とも言えない、メリハリの無いダラけた感じの生活になってしまったんです。

「仕事中はやりがいを感じられるけど、プライベートがイマイチだなぁ…」と感じてしまったり。

そして、決定的だったのが、、、

・生理不順

・卵巣機能の低下

が認められたこと。

やはり、仕事が心身へ大きく影響しているのかもしれない、と考えるようになりました。

看護師の仕事は好きでした。最初はキツくてすぐに辞めようと思いましたが、続けてみたら、自分の天職とさえ感じました。急性期看護の楽しさ、やりがいを大きく感じられ、後輩の育成にも力を入れていました。

でも、自分の不調に気が付いたときに、あらためて、立ち止まって考えてみたんです。

「仕事は楽しいけど、身を削りながら一生続けていくの?続けられるの??」

看護師として仕事をしてきたときは、その日一日をどう乗り越えるのかで精一杯でした。先のことまで考えられず、いっぱいいっぱいの日々でした。

なので、あまり立ち止まって自分自身を見つめたことがありませんでした。

でも、気が付いてしまったんです。

「子どもが生まれた後、この仕事はできないな…」

「子どもがお腹にいるときでさえ、仕事は難しそうだな…」

「そもそも、子どもを産めるカラダ作りができるのかな…」

「歳をとって、4050代に、この仕事はキツそうだな…」

「師長とか、役職を目指しているわけではないし、この先ココに長く居る意味があるのかな…」

一度考え始めると、頭の中をぐるぐる駆け巡ります。

でも、仕事をしているときは、考える暇もなく。。。そんな日々を繰り返していきました。

4050代でこの生活はキツイ!仲間が辞めたことを機に退職を決意

ちょうど自分の進退を考え始めた時期に、仲の良かった看護師も辞めることを考えていたんです。

私はその人と一緒に仕事をすることが好きでした。その理由は、以下のように思えたから。

・お互いの考えが手に取るようにわかる

・その人がいれば、何が起きても(患者さんの急変とか)乗り越えられる

・何より、仕事において、とても信頼できる

とても良い仲間だったんです。

でも、その人が辞めることになり、自分の仕事上の大きな楽しみが少なくなってしまったんです。

そして私も、ちゃんと考えました。

・心身ともに限界まで来ているのかもしれない

・このまま病院に残っても、次は管理職を勧められてしまう

・特にこれ以上ココでやりたいことも無い(やりきった感じがある)

・一度転職したとき、看護師として仕事をする最後の病院にすると決めていた

・転職するなら30前半までかもしれない

私は退職し、新たな道へ進むことを決めました。

次は看護教員?保健師?

次の仕事を考えた際に重視したことは、以下の3点でした。

心身を酷使しない仕事や環境であること

・ワークライフバランスが整っていること

・長く続けれる仕事・職場であり、正社員採用であること

でも、保健師となると正社員枠がとても少ないんです。

そもそもどちらも未経験。

看護教員は、まだ保健師よりも看護師の仕事を教えるという立場なので、看護師寄りだと思いますが。

でも、保健師は別物。新たな知識や技術が必要になります。未経験者で正社員なんて、基本的にあり得ないんですよね。

そもそも一人職場で仕事をすることが多いので、未経験者が一人で仕事なんてムリですよね?それが一番の理由です。

保健師のワークライフバランスは十分良いのではないかというイメージがありました。

看護教員については、正直、自分の実習時代を考えると、実習時間が終わっても作業をしていたり、翌日の準備をしたりと、とても大変なのではないかというイメージが先行してしまいました。

でも仕事先が見つからないと元も子もないので、看護教員試験を受けたんです。

そしたら、10人採用枠のところ、確か6人程度しか受験者がおらず、、、定員割れ状態だったんです。

「え、そんなに人気が無い職業なの?」と驚きました。

受験者と色々話をしてみると、やはり看護教員の人気の無さ、仕事の大変さを耳にし、看護教員の実態を理解しました。

次世代の看護師を育てる、素敵な職業だとは思いますが、私の次の仕事としての条件には当てはまらないのかなと。。。

でも、私も病棟で後輩ナースの教育担当になったことがありますが、私の世代と今の世代では教育事情が異なり、教え方が私の頃とは全く違うのです。おそらく、30代以上の方は、わかるんじゃないかと思います。その教育方法の部分にも、より大変なイメージを抱いてしまいました。

結局、看護教員は合格したものの辞退し、保健師一本で頑張ることにしました。

未経験だけど産業保健師を目指して転職活動に励む

こんな経緯があって、私は保健師を目指すことにしました。

そもそも、私が看護師になったのは、「看護師になるために身につける知識や技術は、将来、自分や家族のために役立つのではないか」と考えたからでした。

となると、保健師にも同じことが当てはまると考えたんです。

「保健師としてこれから学ぶ知識は、きっと将来役に立つだろう」と。

もちろん、それに付随して、仕事による心身への負担が少ないことなども、保健師を目指した理由です。

自分の看護師経験も十分活かせるだろうとも思いました。

この想いを胸に、大変な転職活動へ挑みました。

産業保健師として第二のスタートを切る

派遣社員として大手企業へ

初めての大きな転職を経験しました。そして初めての保健師は、大きめな健康管理センターがある企業で、派遣として入りました。

本当は派遣ではなく正社員や契約社員として勤めたかったのですが、未経験では書類の応募すらできないところが多く、選択肢がごくわずかだったんです。そのため派遣社員からのスタートです。派遣からだって、新たな一歩には違いないですから。

しかし、自分が想像していた仕事はちょっと違いました。

この調子でこの先保健師として成長できるのか?疑問は日々日々大きくなっていきました。

派遣としてだけの仕事でもあったので、この先の自分のスキルアップを考え、その職場での仕事は半年で終わりにすることを決め、再度転職活動を開始しました。

正社員の産業保健師として企業の専属保健師になる

正社員を目指して転職活動をした時が大変でした。書類審査で落とされまくり。面接にはなかなか進めないんです。

でも、エージェントに支えてもらい、どうにか書類審査を通り、面接も突破。運よく内定をもらうことができたと思っています。

そして現職へ。前企業と雰囲気も業務内容も全く異なっていたので、最初は色々なことを覚えるのにとても苦労しましたが、正社員として採用されていると思うと、やる気が漲り、とても頑張れました。頑張ろうと思うことができたんです。

やはり派遣社員の時とは気持ちの入れようが違います。一箇所である程度長く勤めようと思い正社員を選んだので、先のことも考えて色々と行動するようになりました。

今は産業保健師として、理想通りの生活を送ることができています。この通り、ブログを開始するまでの余裕があります。楽しいですよ、毎日が充実しています。

でも、まだまだやりたいこと、挑戦したいことがあります。少しずつ、また次の目標に向かって頑張っていきたいと思います。

体調が改善してきた

看護師を続けた結果、日勤夜勤の生活リズムのアンバランスさから、自分のカラダに不調をきたしてしまいました。生活リズムのせいだけではなく、おそらく、看護師の仕事の負担が大きかったことも原因だと思います。自分に余裕が無い生活でした。

でも保健師になり、生活に余裕が生まれました。

体力的負担が少なくなり、心身の疲労がとても軽くなりました。時間的余裕も生まれ、自分のことを気にかけるようにもなりました。生活リズムが安定したのもあり、食事や睡眠をしっかりとれるように気遣えるようになりました。

結果、生理不順が改善しました。

この生理不順の改善によって、より自分の選択が間違っていなかったと思えるようになりました。

医療職だから言うわけでは無いですが、やっぱり、健康が一番大切です。これが無いと、楽しいことも楽しめなくなってしまいます。

自分自身の不調に耳を傾け、それに対して対処できたことがもたらした、最大の効果でした。

自己啓発に積極的に取り組むようになった

保健師になったのは良いものの、一人職場に未経験で入職してしまったので、私にはいろいろな知識や技術が不足していました。でも、何が不足しているのか、何から身につけるべきなのか、初心者の自分では判断できません。

とりあえず、目の前にある仕事から片付け、その仕事に手を付けわからないことは調べる。より効率良く作業するには何が必要なのか考える。そういったことからスタートしました。

でも、まだまだ足りない。どうしよう。

そんな時、外部の研修に参加しよう、と考えました。いろいろと調べ、自ら研修へ行こうと計画。上司から許可を得て、良さそうな研修にどんどん参加。

こんな風にして、多くの研修に参加してきました。

看護師だった時には、上記でお伝えしたように、日々の仕事で精一杯で休みの日は仕事のことなんて考えたくなかったので、研修へ自ら参加しようだなんて、滅多に思わなかったんです(不真面目って言わないでください)。休日を返上して研修へ行くなんて、余計に心身への負担が大きくなりますから。

それに、外部研修へ行く前に、院内研修がたくさんありますからね。仕事の後に研修があることも多かったので、すごく嫌いでした(笑)

保健師になった今は、勤務の一環として外部研修へ参加させてもらえます。費用も負担してもらえます。

会社から「これをしろ」「あれをやれ」「この研修へ行け」といったことを言われないので、余計に自分で自己啓発に励もうと思えるのかもしれません。

看護師時代にはなかったこの学習意欲に、自分でもビックリです。

こんな調子で、今でもいろいろなことを学び、自分の職場でできることを増やしたいと思っています。まだまだ発展途上なんです。頑張らないと!

終わりに

ざっと私の経歴をご紹介しました。同じような経験をされている方は多いように思います。

看護師の仕事、保健師の仕事、どちらも誇りを持ってやれる仕事だと思います。

どちらが合うかは人によって違うと思います。

どちらにしても、同じ医療業界にいる方とは、同じ目線で、同じ目標を持って進んでいける方が多いように思いますので、これから先、いろいろな場面でみなさんと繋がっていけると嬉しいです。